かわいいは正義

なんか文章も考えも全然まとまらないので、
タンブラ並みの箇条書きで気になることを書き記す。
気になることは
「物語内の人物年齢」



はじめに植芝理一の「謎の彼女X」2巻のあとがき。
の引用。

謎の彼女X(2) (アフタヌーンKC)

謎の彼女X(2) (アフタヌーンKC)


'' 恋愛マンガとしての『謎の彼女X』の主人公が十七歳であるのには、理由があります。例えば、お互いに密かに好意を持っている男女が、何らかの事情により一晩、同じ部屋で二人っきりで過ごすことになったとします。この二人が大学生であったら、おそらく一緒に寝る、SEXしてしまうと思います。この二人が中学生であったら(今時の中学生の常識では違うかもしれませんが、)おそらく、しない。というか、僕個人の考えとしては、まあ、まだ中学生なんだし、しなくていいじゃないかと思います。じゃあ、この二人が高校生、十七歳くらいの少年と少女だとしたら、僕はどう思うかというと___。

するかもしれないし、しないかもしれない。

(中略)
 十七歳という、微妙であやふやな年頃に、僕は物語が始まる予感のようなものを感じるみたいです。
''


次は
民間風習の一部の引用

民間の風習では、七歳以下の子どもは、人間の子と考えず、まだ神の子であるという考え方があり、死んでも仏にはならないため、葬式や埋葬も一般の人とは別にした。たとえば土間の入口に埋葬するとか、墓地に埋める場合でも入口や隅に特別な場所を設け、丸い石だけを置くとか、板卒塔婆だけで墓石をたてないなどの例が多い。葬式も行わなかったり、やってもわざと生臭い魚を入れて仏の手に渡さないという習俗がある。出生したばかりの子どもを殺す間引きの方言に、モドシ、コガエシ、オシカエシ、ブッカエシの語があるように、神にかえすという観念があった。また胎児の埋葬も遠くで行うと、再び生まれてこないと考えて、家の近くに埋めたのである。
 このように子どもは人並みの供養をされないため、無縁仏として村境や墓地の入口にまとめて葬られ、境の神である地蔵の元に集まるという考えが生まれた。
''
http://itness.tumblr.com/post/44508108
http://blog.goo.ne.jp/kitsunekonkon/e/d5243d77554fb4c9a60eaa2f34b504ca

これを読んで思い出した黒田日出男の論文、
『<唐子>論_歴史としての子供の身体をめぐって』
の中の画像

なぜこれが気になったのかって言うと、「子供向け」というジャンルを考えたいというのにあたって、
そもそも「子供向け」ってなに?ってのと
もっといえば「子供」についての文献を少し読みたいと思ったのがきっかけだけども。
松岡さんのフラジャイルにも少しだけ子供の話が出てきたけど、
黒田日出男の本はちょっと面白そうだから読んでみたい。
しかし本買うお金が無えな。


いまのとこ考えてるのは、エヴァンゲリオンが「不幸な」物語なのは、
もしかしたらシンジとアスカが中学生だったからなのかもしれず、
(まあ不幸な物語にしたいから中学生にした、というのがメタ的な常識だろうけども)
あと「いちごましまろ」や「よつばと」で子供が必須なのは、
フェチ要因というより、狂言役としての立場がもう子供しか居ないんじゃないか、
という意味で、生活圏のリアルを探れるかもしれない、とか思っていたり。
ローゼンメイデンのウサギがあんまし人気じゃないのはそういった理由?)
もちろん上記のマンガには「上の子供」と「下の子供」が存在して、
要するに「高校生」と「小学生」なワケなのだけれども。
特に「よつばと」では不安定要素となる「中学生」を注意深くさけてるのかもとか。
あ、でもこれいま気付いた。登場人物に中学生いないや。
そこで中だるみさせないように「やんだ」を出したのかな。よくわかんないけど。

まー全部仮定の話だけど。


まとめると中二病患者はスゲーめんどいって話ですね。
まあでもエヴァンゲリオンとか産まれるためには中二病は必要だったんじゃないでしょか。
そんな話でした。