恐らく軽い識字障害に陥っている。





恐らく軽い識字障害に陥っている。



日記を書こうという意志を百回ほど持ち、その度に不謹慎なギャグ(アルジャーノンに地雷を踏ませる、山口百恵を左右でなく上下にシェイクしてピンク色のミックスジュースを作る等)で字を書くという行為を忘れ、Twitterでスピンしていた。出刃包丁を持ちながらスピンしたが当たりどころがなく自分の左手首を誤って斬りつけているばかりだ。今は午前二時。



昨日の料理のことを書こう。昨日は一昨日見た(現在の時間軸から逆算すると三日前だ)NHKの「きょうの料理」でやっていたサーモンの揚げマヨネーズ和えを作った。塩シャケ(生シャケでなく塩シャケを使えるという言明を料理人のやや呆れたような口調から聞き取ったときに彼女に欲情した)の身と背骨の間に親指を滑り込ませるようにして無理矢理身を引きはがす。触った瞬間に感じられるのだが、お買い得品セール十本五百円の塩シャケはとてもスレンダーでチャーミングだった。要するにとても素敵にみすぼらしく痩せていた。僕が一番気に入る女の子は深夜の牛丼屋で髪をぼさぼさにしてクマがくっきりとしてキスしても何も反応しないようなスレンダーな女の子であるので、当然のことながらそのシャケに欲情したが、時はすでに遅く彼女は細切れにされて胡椒をまぶされていた。

卵と片栗粉(溶き卵はきっかり半個分)を混ぜたボウルに彼女の切り身を滑り込ませ、手で優しくもみ込む。背骨が剥がされて溶き卵の上で踊っている彼女の切り身はやがてオリーブオイルの上で叫び始める。火は中火より少しだけ強く。その間にソースを作る。

「子供向けの味ですねー」と彼女がやや恨めしそうな言明を語るに、マヨネーズと砂糖とレモン汁という組み合わせは妊婦向けのものだ。特にレモン汁が入っている辺りが妊娠六ヶ月の彼女の食欲を刺激してスレンダーな彼女を食い尽くす。量は100:10:10程度。こんがりと揚げられた彼女の切り身は手で触れるほどの熱さになってからソースをくぐらせる。火照った体ではマヨネーズでも目玉焼きが作れてしまう。白く濁ったマヨネーズは逆に魅力的でもある場合があるが、レモン汁が入っていれば最悪だ。妊婦の吐瀉物の味がする。

カジキマグロはソテーする。彼女が踊っていたオリーブの舞台をペーパータオルで拭き取り、サイコロ状に切った塩胡椒をまぶしたカジキマグロをソテーし、上からキャベツを半個分千切りにしてかぶせる。ふたをしてしばらく待ったら水分を飛ばしてカレー粉と味噌をぶち込む。「お子様向けの味ですねー」にディレイが加わり、「お、お、お、お、お、こ、さ、さ、さ、ま、ま、ま、む、け、の、あ、あ、じ、で、す、ね、え、え、え、え」と痙攣する。頭が震えてくるが家で煙草は吸えない。スピーカーからはChaos A.D.のカッコつけた音が聞こえて「ケガワラしいっ恨めしいっ恨めしいっ」と僕の中の幼女性が叫ぶ。いつものことだ。

耳鳴りは方耳づつやってくるので始末に負えない。ピクルスの浅漬けを作る。レタスをこれ以上ないくらいの細い千切りにしてタマネギをみじん切り。世界平和とエデンの東の終末がまだ起こらないことに絶望して涙しながらバルサミコを振りかける。後は塩をひとつまみ。指についた塩を舐めとると耳鳴りが終わり、ディレイが帰ってくる。記憶の混濁。シャケは揚げたっけ?火は止めたのか付けたのか、オーブンに火が入っているか、風呂釜の火は入れたのか、戸塚塚越の担当から送られてきた実測図にポスターを添付しなければならない、など、など。



今は午前二時五十分。今日はビールをジョッキに一杯空けてからギネスを一本、ワインを二本開けた。煙草は二本しか吸っていない。これから外に出て吸ってきたい。

記憶の混濁が起きる。例えば何かが起こったと[想定]し、それを他人に言うことを[想像]し、それに返事が返されたと[夢想]し、それを元に思考を進めることを[許可]する、ということをずっと続けているがために、果たしてそれをどこまで話したのか話してないのか、実行しているのかいないのか、ということが混濁する。これはアルコールの作用でなく、信仰の問題だ。自意識の不連続に関しての不妊症の信仰…。今はバタイユを読んでいる。



最近思い返すのは師、鯉江良二のことだ。鯉江良二の家で窯を焚いたことが大学時代に一度だけあったが、その深夜、ブランデーを何本も痙攣的に飲みながら二人きりで何か話したようだった。(はっきり言って何を話したかをほとんど覚えていない)ガス窯の調子はすこぶる良く、鯉江さんの無茶を一心に健気に受け止めるM女のようだった。残念ながら自分とは萌えポイントが違う。

その深夜、テレビが慢性的に垂れ流しになっていたが、そこに流れていたのはなんとキューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」だった。だから人妻が四人の不良に犯される叫び声や、因果応報的な勧善懲悪の残酷な拷問の中で主人公が涙流れに許しを請う絶叫の中、僕は鯉江良二と陶芸について語ったのだ。それは奇跡的なまでに美しい残酷だった。イギリス式蹴ロクロの大きなギアの横で、安っぽいイスに座りながら鯉江良二を隣に聞くマルコム・マクダウェルの絶叫…。

朝が白み始めると朝まで生テレビフェミニスト特集で司会の男以外が全員社民党の女で占められており、これもとてつもなく美しい残酷だった。絶望的なまでに空転する議題、思想無き思想、台所感覚、よしもとばななモーニング娘。安室奈美恵山口百恵



そうしてまた山口百恵をジューサーに入れてピンク色のジュースを飲み干す。時刻は午前三時八分。煙草を吸いに外へ出る。