Wed, May 05

  • 01:55  低俗さの有用性と無用性を検討する
  • 02:19  美的な理想とは、要するに本能的『可愛さ』の根源でもある。アナクロに言えば一種のナチュラルプロパガンダ。犬、猫、小鳥、子供、美人、生産、経済、金融。
  • 02:22  現状、進行哲学にて真実味とは信用しない信仰しか生み出していない。存在を善とする(それも形而上的に)信仰に対して、真実味だけを背負った絶望の信仰はあまりに無力だし意味をなさないだろう
  • 02:24  多様性を善とする信仰も散見されるけれど、それは単にアナクロな信仰上の『多=善』を横滑りさせただけでほとんど意味をなしていない。本当は『多』という括り方こそを打破するべきなのだけれど…
  • 02:30  例えばファッションのブランド。90年代には一人のスーパーモデルで時代を牽引できた達成感がいまや皆無。ウェイフ・モデルを持ち出すでもなく、もはや世界は括れないくらいに大きかったことをモードが気付けたんじゃない?という気はするけれど。概念上の多次元化。それとも概念の散逸?
  • 02:35  ただ、アナクロな概念を未だに用いて戦うのはメランコリック以上の何か抗いがたい魅力が存在するのかもしれない。これは美と醜に関する問題だ。果たして人は人を殺してまで美的に生きたいと願うのか?
  • 02:39  おそらくほとんどの文化的素養本の未来予想図が『グローバルに、かつ個人的に』という方向性だけど、そもそも個人の概念がパッツリと空白だよね。信仰を失った(ディック風にいえば神と同化した)空白で欲望のない個人
  • 02:44  あるいは馬鹿馬鹿しく「萌え」から個人的信仰の近道をたたき出す?(凄い失敗しそう)自動対人コミュニケートの原点は要するに〔自動対自動〕を自分が外から眺めている、という構図で(構図自体は要するにただマンガを読んでるだけの人)人間を人工的に自動化する、というのが近道だけど
  • 02:46  ナチュラルな空白を人工的な空白で埋めることで新たな信仰なり信念が?機械化人って仕合わせなのかしら?
  • 03:01  Photo: arma: http://tumblr.com/xww9g58mt
  • 23:39  Photo: creap: http://tumblr.com/xww9hiquf
  • 23:57  ウィトゲンシュタイン後期の翻訳物ってハードカバーしかないのかな。文庫で欲しい…

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