エデンの園

ean-Francois Verganti via deMode

この季節になると必ず思い出すのが、アーネスト・ヘミングウェイの小説、
エデンの園

エデンの園 (集英社文庫)

エデンの園 (集英社文庫)

''この日はブリオシュに赤木苺のジャム、卵は茹で、これにバターが少々、カップの卵をかき回し、心持ち塩を加え、ミルを回して挽いたペッパーをふりかけるうちにバターは溶けた。どれも大きな生みたて卵で、女のは男のよりソフトに上げる。この加減はすぐ飲み込め、男は自分のをうれしく食べた__スプーンで卵を細切れにし、流れるバターの露気だけで食べる__早朝のさわやかな肌触り、粗挽きのペッパーの粒立つ歯ごたえ、熱いコーヒー、チコリーの香りがするボウルに注ぐカフェ・オレと、どれも嬉しい。''


自分が食事を加減なく凝って作るのは、ヘミングウェイと、池波正太郎に薫陶されたせいだとは、何となく感じている。



エデンの園」は幸せな情景から始まる。
作家のディビットと富裕な女キャスリンのボーン夫妻は新婚旅行で南フランスの小さな町を訪れている。セックスと釣りと食事と昼寝だけの日々。
だけれどもキャスリンはそこに留まれず、ディビットとキャサリンは心と体が近すぎるが故に、相手を永遠に遠くに感じる。美女マリータの登場とともに。
キャスリンはディビットになりたがり、ディビットをキャスリンにしたがる。彼女は裸で海を泳ぎ、肌を潮が浮くほど焼いて黒褐色にし、長かった髪の毛を男よりも短く切りそろえ、カスチール石鹸で作ったシャンプーで色を抜く。男にも髪の色を抜くことを勧め、お揃いの服を着たボーン夫妻はどちらが男でどちらが女なのか分からない。大抵の人は兄弟だと思うだろう。


''「私、できるんだから。見ててごらんなさい。ここはマドリッドのパレス・ホテル、プラード美術館が見え、大通りが見え、木陰のスプリンクラーが見える。だからこれは現実でしょ。とても唐突な感じだけどできるの。見ててごらん。ほら、唇がまたあなたの彼女の唇になったでしょ、そして私は何から何まであなたが本当にほしがってる物よ。ほら、できたわね?ね、言ってちょうだい」''


南フランスの気候は温暖で優しい。



エデンの園」はヘミングウェイが死去してから発見された小説で、彼自身の言葉によれば、これは「人がかならず失わざるを得ない楽園の幸福」をテーマとして描かれた物語です。男と女と小説という分ちがたい各々の、境目がどろどろと溶けていく幸せな空気は、ともすれば海の中から覗き込む日差しに似ているような気もしない。
潮辛い水の中に差し込む光。